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【生れ出つる者の雄々しき姿】
―飛行機上から見た復興横浜に
ふさはしき新建築風景三題―
9月4−5日
上向て右 横浜女子商業学校
左 横浜郵便局
下 野沢屋
歩は一歩より大地に足づけて復興し行く吾等の横浜新建築三題の力強き姿をお(ママ)覧下さい。他人の新築が何でいゝ杯と云はないで、大震災から十二年を経て明年は復興博覧会まで開くと云ふのですもの。横浜の盛場中心に誇る野沢屋の大デパートは如何に伊勢ブラ党の憧である事!県庁前の郵便局は開港都市の通信事務の元締としてふさはしく、女子商業は渡邉氏の私財を投じて、学生は勿論他より一毛の援助を受けず独立新築せるもの山手の一偉観です。 (本社飛行機国際号上より撮影)
《解説》 横浜女子商業学校は渡邉たまによって明治41年(1908)に設立された横浜女子商業補習学校がそのルーツ。昭和9年(1934)に山手27番地にライト式建築様式の校舎を建設した。現横浜山手女子学園。
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【雪舟の絵に憧る米国女学生】 ―ジヤズの国から東洋芸術研究の独旅―
9月6日
我が足利時代の画聖、雪舟の絵を慕つて一人旅の米国娘が六日午後一時横浜入港の日枝丸で来朝した。コロンビヤ大学生、ジヨン・カーター嬢(二四)で同嬢はオペリン大学文科出の文学士、目下コ大学で芸術を専攻して居るが、教材の雪舟の画を見て芸術的研究心を唆られ来朝したもので滞在は本年一ぱい。美術学校の矢代先生を知つて居るから同先生から手引をして貰ひ、帰国後は雪舟に関する著述をする予定ですと語つて居る。
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【オリンピツク使節加納氏帰る】
―日本の開催地は望薄か、
柔道の世界連盟は近からん―
9月7日
国際オリンピツク協議大会に出席した上院議員加納治五郎氏は七日午後五時横浜入港の郵船照国丸で帰朝した。流石は柔道の元締らしき元気一杯で語る。大会では大に日本で開催する様に努力したが、伊太利の運動が猛烈で日本は今の所望み薄の様だ、国民の熱が少し足りないのでないかと思はれる、然し明年尚一回開かれるので大に努力する積である、尚近く世界柔道連盟が結成される事に話が進んで居る云々、因に氏の外遊は今回で六回目である。 (写真は記者と語る嘉納翁照国丸サロンにて)
《解説》 加納治五郎は講道館柔道の創始者。この時期第12回オリンピック大会(昭和15年)の東京招致に奔走していた。昭和11年7月の総会で開催地は東京に決まったが、戦争のため昭和13年7月に開催中止となった。
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【大陸に躍進する女流鳥人】 ―馬淵嬢の日満親善飛行―
9月8日
亜細亜飛行学校の女流二等飛行士馬淵てふ子(22)さんは十月上旬を期して愛機サルムソンを単身操縦して満洲帝国の首都新京を訪問の日満親善飛行を決行することになり目下準備中であるが、同嬢はフエリス女学校に教鞭をとつてゐた人であるが、同じく本月下旬水上機を以つて新京訪問をする松本きくさんと共に女流としては最初の日満連絡飛行である。同機は内地女学生の製作品を満載して各地の皇軍を慰問し、往復十日間の予定であると。 (写真は県庁訪問に際して 横山知事(中) と 馬淵嬢(左)
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【高松宮殿下に拝謁が唯一の望み】 ―加奈陀内相カ氏東洋観光に来朝―
9月9日
八日午前入港のカナダ汽船エムプレス・オブ・ジヤバン号でカナダの内務大臣C.カーン氏が夫人同伴で東洋観光のため来朝したが、同氏は予々徳川カナダ公使に日本観光を薦められてゐたので、暇を得てマニラまで見物するのであるが、さきに我が高松宮殿下のカナダ御巡遊の際には接伴委員長を務めたので滞在中には是非一度拝謁を願ひ出たいと語つてゐた。 (写真はカ氏夫妻)
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【二百二十日もことなくすんで!】 ―村の祭の太鼓がひヾく―
9月10日
農家の大厄二百二十日も幸ひに無事に過ぎて、秋は益々深く万穀いよいよみのる。波うつ稲穂の中に大祭ののぼりがはためき、鎮守の森からは太鼓の音が晴れやかに響いてやがて来る豊年踊りも待ちわびられる。 (写真は弘明寺郊外別所の秋色)
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【大岡川に並ぶ艀のストライキ】 ―北村回漕店交渉決裂―
9月11日
北村回漕店の艀船夫五十六名は予て東京支店十五名と共に賃銀(ママ)一割値上、仕込料制定に関する問題で店主と交渉中であつたが、十一日になつても嘆願書に対する何等の回答もないので遂に横浜港湾従業員組合、総連合京浜船夫組合の応援のもとに罷業に入り、艀の大部分を吉田橋下に繋ぎ大いに気勢を挙げてゐる。 (写真は吉田橋際のハシケ)
《解説》 横浜市の労働争議は昭和6年(1931)に177件を記録したが、この年には79件まで減少している。交通運輸業の争議が多いのは横浜市の特徴だった。
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【操守を固くし、『至誠』事に当れ】
―大西市長五百の吏員に
綱紀粛正を訓示―
9月12日
横浜市役所の疑獄事件発生について大西市長は十二日午前十時市会議場に本庁外局出張所等の吏員の主任以上四百五十余名を招集し、綱紀粛正に関して昭和六年に定めた執務心得六ヶ条を更に強調して反復、吏員の弛緩せる諸点の注意を喚起し綱紀の維持は最も大切であることを訓戒した。 (写真は大西市長の訓示)
《解説》 県営水道をめぐる疑獄事件は横浜市にも波及、助役1人・水道・電気・土木の各局長が拘引される事態になった。
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【豪華!百余の神輿大『渡御祭』】
―ハマ名物お三の宮秋祭りを
彩る絵巻物―
9月13日
日枝神社大祭は十三から行はれ毎日大賑ひであるが、恒例の神輿連合渡御は十五日の朝七時より先づ伊勢佐木町十二ケ町の五十基が吉田橋に勢揃ひ行進を始めれば、長者町五丁目より埋地十七ヶ町が合流、そろひ姿の若衆五千人、手古舞ひ金棒引き先頭を御輿の総数百卅六基、ワツシヨワツシヨとお三の宮に参詣。それより千歳橋に出で遊廓を練つて歩いたが、まさに秋まつり豪華版であつた。 (写真は伊勢佐木町通りの神輿渡御)
《解説》 現南区山王町に所在する日枝神社は関外の鎮守で、「お三の宮」として市民に親しまれている。
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【ダービーの覇者レイモンド号】 ―十六万円で帝国競馬協会が購入―
9月14日
帝国競馬協会が十六万円の新記録で英国より購入の名馬レイモンド号は、農林省の輸入種馬七頭其他二頭共に十四日ハンブルグより入港した水戸丸(七.〇〇〇噸)で到着したが、レイモンド号は英国サラブレツト種の鹿毛で五才の牡。此の三年間にダービーに出馬すること十五回、内六回は入賞に四八六〇磅の賞金獲得してゐる。 (写真は名馬レイモンド号家畜検疫所にて)
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【美はしき芸術の集ひに涼秋の夜は更けて】
―本社主催、音楽 舞踊 映画の夕盛況―
9月15日
本社が隣保事業基金募集の為め市社会課後援の下に公園音楽堂に開催の音楽舞踊映画の会は、十五日午後六時より社会課長、各隣保館長の挨拶の後、大澤徳雄氏指導児童オーケストラよりプログラムを開始、童心舞踊研究会生徒、小唄舞踊奈良野都嬢、ソプラノの権威南部たかね夫人等に次いで、新興キネマ提供の名作映画(瀧の白糸)九巻あり、五時間に亘る熱演に会場に溢れる大衆も高き芸術の香りに満喫した。 (写真は児童音楽院生徒のオーケストラ)
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